余計な世界 観

『本当はもっと他のことをしたかった のにという本来の目的の置き換えややるべきことからの逃避(あとになってもっと違うことに時間を使えば良かったなと後悔すること)』が

ないことが充実した 時間の使い方の前提条件になるだろうと思います。
学校教育では勉強ができるかできないかが一つの重要な自己価値や他者評価の基準になり、勉強ができてテストで高い点数が取れることが、『将来の学歴や職業 選択・キャリアパスにおけるベネフィット』として肯定的に受け取られることが多いが、勉強そのものが“人生の主観的な幸福感”とは結びつかないという意見 も根強くある。
なぜ勉強しなくてはいけないのか、なぜ本を読んだほうがいいのかという言い古された問いはあるが、結論から言えば『勉強しなくても本を読まなくて も生きる上では特段の不都合は生じないことが多い。勉強するにしても受験・就職・資格・職業・研究職などに関連した実学的な勉強だけのほうが(余計な世界 観・思想・世界解釈・政治などに触れないほうが)実生活の上では役立つ』ということになる。