共産主義

K.マルクスやF.エンゲルスが科学的社会主義の帰結として予見した共産主義は、共産党の指導体制(あるいは革命指導の独裁者)に従わない

『個人 (史的唯物論の展開を阻害する反乱分子)』を、場合によっては監禁・洗脳・殺害する危険な国家体制の絶対規範として機能してしまった。 旧共産圏の国家体制や指導者が、人民を計画経済や赤化計画の内部で道具化(量的な配置 蟹 通販)してあらゆる自由を制限してきた実態が曝露されるにつれ て、西側の知識人・文化人の共産主義者もその多くが失望して変節していったが、共産主義は『個人の自由な思想・言論・生き方』を否定して『共産党の目標や 計画経済のノルマ(社会全体の計画的な生産・軍事の体制)』に無理矢理にでも従わせるという意味で反近代的な思想・原理であったと言える。 東西冷戦にアメリカと西ヨーロッパ諸国、日本が勝利したことによって、『近代(モダン)』という歴史区分と統治原理、個人のライフスタイルは、あ らゆる国家や民族、地域、宗教が最終的に行き着くべき『普遍的な価値規範』のようにみなされるようになったが、果たしてこれは科学的社会主義や史的唯物論 と比較してもより『客観的・科学的』と言えるだろうか。